ハイキュー‼︎245話「鮮烈」

相対す日向と星海。「目をそらしたら負ける…‼︎」の動物感。そして星海に声をかける影山。影山は口数が少ないながらも挨拶をするとか、先輩に対する言葉遣いだとかそういった最低限の礼儀みたいなものが備わっているのちょっといいよね。星海が意外と影山にも親しげに話しかけてたの、わりと驚いた。そして張り合う日向と星海。日向の「MB…っス」という言葉に嫌な顔をする星海。当然すごく意識してるんだろうね。身長を聞かれて1cmサバを読んでるのが笑える。そして「最高到達点は?」という問いに「333cm!」とハッキリ答える日向。星海はそれより上みたいではあるんだけど、ポジションは、身長は、という問いには躊躇を持って答えていた日向がこの問いにはハッキリと自信を持って答えたっていうの、すごくいい。とにかく自分のジャンプの高さには自信を持っているんだというのがすごく良くわかる。

 

そして星海のプレー。影山が合宿の時に見た、強いジャンプから打つスパイク。レシーブも上手い、ブロックもしっかり止める。コースの空いたところを狙ったり、フェイントを使ったり、ブロックアウトを狙ったりと、スパイクの技術的な上手さがすごくよくわかる。更にサービスエース。「これぞ‼︎小さな巨人‼︎」という実況者の言葉にこれ以上ない説得力を持たせてる。宮城で最も「小さな巨人」に近い戦い方をしていたのが和久谷南の中島だけど、更にその系統でも最もレベルの高いのが星海。日向はレシーブに関して何か掴みつつもまだ「得意」というには及ばないし、サーブに関しては弱味ですらある。ブロックも月島の指示に合わせてなんとか高さを合わせるので精一杯という感じかな。現状烏野の中では、とにかく「囮」の役割を全うすることで日向がコートに立つ意味は十分以上にあるし、それに関しては及第点以上というか、烏野の強みにもなっているわけなんだけど、烏野が更に飛躍していくため、そして何より日向が1人の選手として独立して実力を示していくためにはやはり今のままでは不十分だというのを改めて感じる。そしてその現状の日向と星海を比したスガさんが語るのが「自分と同じような条件でずっと自分の上を行く奴が現れる事の方がショッキングだったりすんのかなって」ということ。ショッキングという言葉が相応しいかは別として、構図としては若かりし頃の鷲匠監督から見た日向、に近いかなと思う。「上を行く」かは分からないけど、あの頃自分が諦めなくてはならかったものを、今日向が掴もうともがいていること。そして、まさに自分の理想を実現している星海を見る日向。身長は問題ではないことが分かっても、星海のようなレシーブやブロックや、スパイクの技術的なものや、サーブやなんかの実力が圧倒的に足りていないことを日向は今この場で突きつけられる。

 

そして試合後にインタビューを受ける星海。180cmの大きな選手に勝ってどうだったか、というインタビュアーのお姉さんの言葉に反応して、星海のチームの6番の選手が星海について語る。「小柄ながらとか 小さいのにみたいに言われるのが嫌なんだよ」「小さいのに凄いって言われ続けて」「俺はただ凄いんだ‼︎ってずっと言ってた」「光来くんが一番嫌なのは 小さいから負けた って言われることだよな」。そして星海。「世界と比べれば180超えてたって小柄でしょう」「俺が小さいから注目するんですか?」「皆小さいことは絶望すべき事と思いすぎている」「小さい事はバレーボールに不利な要因であっても不能の要因ではない‼︎」泣いた。この一連のやりとりというか、シーンが全て好き。やっぱり思い出すのは、ユース合宿で雲雀田監督の言った、「高さとパワーに敗れるという決まり文句はもう古い」という言葉。それを、自分の実力を以って明らかにした星海の言葉は本当に気持ちがよかった。星海はきっと、「小さいのに凄いね」と、なんの悪意もなく、言われ続けていたんだろうし、その言葉には「小さいわりに凄いね」というような、侮りが隠れている。弱者が強者に勝つというドラマを押し付けて語られることもあったんだろうなと思う。「小さいのに=ハンデがあるのに」勝つ、というドラマを彼は周囲に押し付けられ、やはりそこだけ掬い取って過剰に賞賛されただろうし、「小さいから=ハンデがあるから」負けた、という言葉は、技量以前のそもそもの存在の否定として彼に投げかけられてきたんじゃないかなと思う。それは、小さい選手と大きい選手という構図を世界に拡大すれば日本と外国の選手、にも当たるわけだもんね。その負けの要因を「高さの欠如」に帰属し、「そもそも不利なんだから」と言い訳することは、何の慰めにもならないどころか、日本の選手がバレーボールをやる意味すら失わせてしまう。それは日本人が、つまり国内カテゴリにおいては星海や日向のような小さい選手が勝っていくことでしか否定することができない。だから今回星海がその言葉を以って反論してくれたことが嬉しくはありつつも、圧倒的技量を以って証明を重ねてきた彼にかける言葉にさえ、「小さいのに」という前置が必要であるというのはやはり苦しかった。ただ、このインタビュアーのお姉さんを悪としないのはやっぱりこの作品の行き届いたところ、というか、優しいところだなと感じる。星海は「拗らせて」いるわけでは全くないと思うけど、友人としての距離感の近さではそう言って場をなだめる事はどちらにも角が立たなくて賢いなと思えてすごく納得できるし、インタビュアーのお姉さんは、現に小さい星海から言葉を引き出すためにもっとも嫌味のない、普遍的な尋ね方をしたんだと思う。そこから自分の敏感な部分である「小さいから」「小さいのに」という言葉を連想して過剰に反応したのは、確かに星海もちょっと子どもでもある。このあたりの落とし所もよかったかも。

 

そして烏野のみんなの元へ戻った日向。「おれ、春高(ここ)に来れてよかった」。ニヤリと笑う影山がいい。そして日向の表情。いつもの「狂気顔」とも少し違う感じ。多様な解釈が可能だと思うんだけど、星海の回想の日向の表情を見ると、シンプルに嬉しそうな顔なんだよね。結構優しい顔してる。春高に来なければ見ることのなかった星海という選手と、そのプレー。自分と同じ条件の星海がその圧倒的実力を以って強者であること。その星海が言った言葉。小さい事は、不利な要因にすぎない。日向は今更自分の小ささに挫けたり、悩んだりということはもうないんだろうけど、それでも、今の日向が星海に出会い、星海を見て、星海の言葉を聞いたことはやっぱりよかったと思える。自分の目指す姿としての星海が活躍していたことが単純に嬉しかったんじゃないかなとこのシーンを見て思った。面白いなと思ったのは、一般に使われる「春高に来れてよかった」という言葉とはちょっとニュアンスが違うということ。一般にこの言葉が使われるときは、「目標だった全国の舞台に来ることができてよかった」というニュアンスが強いかなと思うんだけど、日向に関しては試合外の場でまずその言葉が出てきたというのが興味深い。ひとつの目標に到達できたという思いより、これからもバレーボールを続けていく自分の通過点としてのここで、手に入れたものがあった、そういう感じ。

 

そして、「春高1日目 40チームが姿を消す」という淡々としたナレーションで引き。県予選の頃から、初戦で姿を消すチームやその先を見ることができなかった優勝校以外の全てのチームに焦点を当てて印象的に描いてきたハイキューだからこそ、この言葉ひとつで締めくくられることの残酷さや無情さみたいなものが際立って、すごくいい。初戦は勝ち確みたいなところもあったけど、次からはきっとネームドの学校と当たると思うんで、ちょっと怖い。烏野は音駒と当たるまでは残るだろうとは思うけど、何が起きるかわからなくなってきたという感じ。それは烏野以外の学校ではさらに顕著に。怖い、でも楽しみ。来週センターカラー!