ハイキュー‼︎第277話「多勢に無勢」

アランくんを1枚で止めた影山について、山口が「一段と調子いいな!?」と反応するのに対して、日向は「トス短かったからクロスに打つしかないって感じだったよな」と見てる。いいな〜これ。絶対に強化合宿で「見る」ことを選ばなかったら得られなかった視点。日向の場合は元々の動体視力とか勘の良さもあるんだろうけど、いいプレーに対してどこがどう良かったのかって具体的に見えてくるようになると、いざ自分がコートに立った時に全然違ってくるんだろうなってすごく分かる。ここの山口との着眼点の違いって、日向が主人公であるゆえにあの合宿に乱入が許されたためのアドバンテージではなくて、コートに入るのが許されなかったからこそ外から俯瞰することで得られた+中学時代まともに練習ができなかった中で積極的に"場"を見つけていく中で得られた他のスポーツからの視点+日向の元々の動体視力や見る能力、そういうものが全部積み重なって得られたものだ、っていうのはギリギリずるくないいいバランスなのかなと感じた。ここでの着眼点の差が「合宿に乱入したかしないか」に直接起因しちゃいけないだろうなと思うので。日向の顔に影が入っているのも良かった。


角名がブロックについて「怖い(か怖くないか)」という表現を使うのがすごく印象深い。稲荷崎戦ではわりと頻出ワードかも。黒のユニホーム、強豪、狐モチーフ、"神さん"というあたりでどうもこれまで出てきた学校とは少し違って、畏怖の念を抱いてしまうような不思議な雰囲気があるのかな。これまで自分に立ち向かってきたブロックを「恐怖以外のなにものでもない」と表現しながら「怖くないブロックはブロックじゃねえ」と言っているあたり、強さに引っ張られる影山と似た印象を受ける。ただ先生は影山(と日向)とそれ以外の人物の間にはかなり明確に線を引いて描いてるとも思うので、角名の考え自体は影山を引っ張り上げる強者の側が共有するものだったりするのかな。その角名と対峙するのは影山ではなくて月島。


大地さんサーブ。甘めに入った、と本人もモノローグしてるけど、実際アランくんにさらっと上げられ綺麗に稲荷崎の攻撃へ繋がる。ライトから宮治、烏野ブロックはやや遅れていて旭さんと月島の間の空いているところにしっかり打ってくる。大地さんがなんとか上げるもボールはそのまま稲荷崎コートへ。稲荷崎のチャンスボール。回想。角名のプレーをビデオで確認する烏野の子たちの反応がそれぞれ違っているのが面白い。ポジションは違えど「下半身のブレなさ」に注目して恐れ慄いている大地さん・旭さん(こういうのって経験者独自の視点だなぁとすごく思う。多分私なんかはどの点がどう凄いのかって一瞬のプレーを見ても分からない)と、ずいと身を乗り出す影山、とりあえず真似をしてみる日向。この日向いいよねー。日向らしいなと思う。コーチの言葉もいい。「いつだって1vs6」。先週ラストの「有利 或いは不利を軽減する組み合わせは ある」という言葉にも通ずるところがあるんだけど、単純に数の力によって、手数を増やすことによって戦いようが出てくるっていうのはわりとすっと飲み込める。コーチが月島にだけ気持ち丁寧な語尾をつけて話を振るのが面白い。ブロックに関してはコイツが更に高いレベルのことを考えてるっていうような信頼。「止めてナンボのブロックなんて古いですから」。あぁいいなぁ。月島って白鳥沢戦の「その瞬間」を経てもなお、夢の途中にいる。いつか負けることを恐れて踏み出すことができなかった月島が若利くん相手にどシャット決めてバレーにハマった、それはゴールじゃなくてスタートだったんだよなと改めて感じる。「僕がイキナリ全国トップのMBに勝てるワケも無いですけど」には、「ガッカリするほど冷静」な月島の、正しく或いは過少気味に自己を捉えている側面と同時に、「僕が勝てなくともチームではどうか」とか、「イキナリ勝てなくても最後になったらどうなっているだろうか」とか、そういう、自分と烏野というチームへの経験に基づいた信用みたいなものが見える。多分月島のブロックって先生が日本のそれに望むことなんだろうなと思う。烏野自体そうなんだと思うけど。


月島の取った策は、クロスを締めてフロアで捕まえる、若利くんの時と同じようなやり方。ただ違うのは、若利くんの時のように3枚つくことはできなくて、多分1枚が前提。これは私も予想していたけど、1枚でクロスを塞ぐことを徹底しなければいけない分難しいプレーなんだと思うし、「1・2セットかける」前提でこの策を取ったということには驚いた。白鳥沢戦の回想であった赤葦から得た視点でもあるのかな。優秀なブロッカーにとってはきっと着実な方法ではあるけどあまりに地道だし、フロアで上がらないことには成果が出ないんだよね。それを数セットかけてやっていける忍耐強さもすごいし、月島の性格とも合っているんだと思うけど、白鳥沢戦の成功体験があったのがやっぱり大きいのかなぁ(赤葦に教わった作戦については若利くんが更に上をいき看破されてしまったけど)。あとはフロアディフェンスへの信用。月島に関しては様々な場面で信頼というより信用って言葉を使いたくなるなぁ。


黒尾が「自分だったら我慢できずに手を出してしまう」と言ったのは少し意外だったけど、これは音駒のフロアがめちゃくちゃ優秀ってこともあるかな。黒尾がいくらか手を出して止める一本があっても(あるいは失敗しても)フロアが角名の(あるいは任意のアタッカーの)プレーへの慣れにあまり響かないというか、学習と実践が烏野より早いのかもしれない。フロアに慣れさせることと、目の前の1点を取ることが並行してできるのかもしれない。バレーは失点があって当然の競技だというのはすごくわかる。打てば打つほど有利になっていくのが月島の取ったやり方、というのは痺れた。「最後に咲うブロック」だよね。受け売りじゃなくて自分の経験則として月島の中に染み付いているのが熱い。角名が勘付くというバランスもいい。音駒vs早流川における早流川は、突然生じた疑心暗鬼の念をないものとして試合を進めていくことを選んだけど、稲荷崎・角名という強者の場合は当然気付く。このあたりのバランスは角名の格を落とさなくていいなと思う。


ここで投入されるのが木下。今週のタイトル、多勢に無勢は月島にかかるかと思いきや、こっちだったかもしれない。椿原戦で思う通りにプレーできなかった木下の回想。かつての日向と山口のやり取りを彷彿とさせるようなスガさんの「10点とって来い!」という言葉。イメージトレーニングも完璧。コーチと山口が認めるほどの集中。椿原戦の山口の時と同じ「ボール、白帯、狙う場所」にのみ注がれる集中、そして先週サービスエースを取った宮侑と同じ「集中・強者」の演出である黒塗りの背景と無音。全てが成功への振りであるかのように見えて、実際のところはというと。木下が放ったサーブは体勢を大きく崩すまでもなく宮治によって綺麗に上げられ、ごく普通に、エースへの攻撃に繋げられる。アランくんが打ったスパイクは、身動きの取れないまま立ち尽くす木下の足元に落ちる。日向のブロックが遅れ間が空いていたところに打ってくるのも、今試合初めてコートに入ってきた木下のところにボールが落ちるのも、多分当然。集中と強者を示唆する無音の演出が、なすすべなく立ち尽くすあっけなさの演出へと変わる。多分このシーンにおける全てに不自然な点はない。当たり前の流れ。それが更に苦しい。IH準優勝の強豪を相手に、何だかんだで猛者揃いの烏野からきっと1番普通な選手がピンチサーバーで出てきて、失敗はしないけど活躍もしないままベンチに戻っていく。ただそれだけ。特別なことじゃない。それがまぁこんなにもキツイ。木下の「相手は社会人でもないけど"同じ"高校生でもない」という独白が非常に印象的なんだけど、木下は自分と彼らの間に確固たる線引きがなされることをちゃんと分かっていて、それでもなお、と上を向いた。彼らと自分とは違うけど、田中や山口や成田や縁下のように、自分の力でヒーローになれる、なるんだってやってきたことを「勘違いだった」と思ってしまうのはやっぱり苦しい。だけど彼が「勘違い」をしたこと自体やっぱり大きな一歩だったと思うし、以前までの「しくじるくらいなら成功も要らない」と言っていた彼ならきっとこの苦しい思いはしなかっただろう。だけどこの先にあるかもしれない成功も絶対になかったんだよね。成功するか分からないし、もしかしたらさいごまで成功しないまま、勝てないまま終わるのかもしれない。だけどそれは努力をやめていい理由にはならないでしょ、っていうめちゃくちゃにレベルの高い意識をこの作品のキャラクターの多くが共有して持ってるんだよね。北くんは、例え結果として報われなくてもその過程が今の自分を構築している、と価値を見出せる子で、それはとてつもなくすごいことだけど、そう思えない子がダメなんてことは絶対にない。木下にはどこまでも結果を追い求めていってほしい。失敗したけど努力は無駄じゃなかったよ、なんて言葉を今の彼には掛けられないよなあ。


それから今週のタイトルに思うことがあるとするなら、烏野があの場面で点を取れなかったことを全部背負いこんで「ヒーローになれると勘違いしてた」と考えたことがすなわち多勢に無勢、なのかなぁ。あの場面、少なくとも日向のブロックが遅れているっていうのはあったわけだし。あそこで稲荷崎に点を取られたのは木下の失点というよりは烏野全体の失点なわけだけど、そこに思い当たってないようなのかな。戸美戦のリエーフと芝山のやり取りを思い出す。「プレーは繋がっている」んだよね。苦しい引きだったけど烏野は1点リードしてる。入れ替わりで入った西谷の表情が印象深い。西谷はきっと今一番、プレーが繋がっていることをわかっている選手。それは先々週の旭さんの「Aパスじゃなくても俺が決めてやる」という言葉を受けて。あのじっと前を見据えた西谷が木下と交代してコートに入っていく対比の意図はそこなんじゃないかな。先々週旭さんと西谷の話をやってから今週のこの話につながった意味がわかって来た。構成に大拍手。


この試合、もう木下はコートには入れないけど、2年生に焦点が当たっている以上木下にも何か掴んでほしい。そうしてゴミ捨て場の決戦に繋げてくれたらいいな。